歯科医院をハブにしたチーム医療
――事業の目的は?
もともと歯医者の三代目の私は、一番なりたくない仕事が「歯医者」でした。それはいつも溜息つきながら仕事をしている二代目の父の姿を見て、いつの間にか歯医者は世界一楽しくない仕事なんだろうと、幼い私の心に刻まれてしまったからでした。
しかし、受験に失敗して親との約束で歯学部に進学して歯医者になり、私はずっと自分がこの仕事を続けるうえでの意義、解釈を探してきたように思います。
国が発表する骨太方針のなかで、国は私たち歯医者に「全身の健康と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への適切な情報提供」を求めています。虫歯を上手に詰めろとか、きれいな被せものを入れろなどとは求めていないのです。
歯が10本以上の人は、9本以下の人と比べ要介護度4以上の割合が15分の一になることや、口に疾患があるとさまざまな成人病を引き起こすというデータが多くあります。つまり、歯医者や歯科衛生士が歯を残す取り組みをすると患者さんの健康寿命の延伸や国の医療費を減らすことができるのです。私は、医療の最上流にいるのが歯医者で、「身体の玄関・命の上流を扱っている」という解釈で仕事をしています。
入れ歯やインプラントできれいな歯を作ることはゴールではなく、スタートでしかありません。大事なのは、何を食べ、患者さんにどんな人生を歩んでもらうかということ。患者さんの生命維持には他の医療チームとの連携が必須です。
ですから、わく歯科には言語聴覚士や管理栄養士もいます。嚥下機能を改善し、誤嚥率を減らすには言語聴覚士の技術が必要ですし、どういう食事でその人の体調を整えていくか考えるのは管理栄養士の仕事です。「歯科医院」というハブがあってこそ、一人の患者さんの人生を見つめるチーム医療ができるのです。自分の仕事への解釈が変わったからこそ、このような構想、デザインを考えることができるようになったのです。
わく歯科の目的理念は「私たちは、良心と愛に基づいた行いを通じて、縁ある人々の健康と幸せを創造します」とあります。
「そこに愛はあるんか?」というCMがありますが(笑)、私たちは何事においても、そこに「良心と愛はあるんか?」と自分に問いかけながら仕事をしています。それを繰り返すことで、事業をする目的でもある「仕事を通じて人格を磨き、魂のレベルを向上させる」ことに繋がり、結果として多くの社会貢献を生み出すからです。
長期的な視点でミライに向けた種蒔きを
――目的を果たすための方法は?
歯科衛生士の求人倍率は22倍以上、片や衛生士学校の充足率は約50%、地方の丹波市ではより一層、歯科衛生士を確保するのが難しい状況です。目の前に蝶など飛んでいません。その中で、手にする網をとっかえひっかえしながら蝶を追っても、持続可能な採用など叶いません。
私たちはいつのまにか種をまくことなく、少ない蝶を奪い合うことばかりに気を取られていいました。根本的に採用の方針変えないといけないと、手に取る網を鍬(くわ)に持ち替えて、蝶が寄ってくる花畑を耕すことにして、まずは情報と情熱という種をまくことに費やしたのです。
そこで、わく歯科ではさまざまな取り組みを行い、人材育成のための種を蒔き続けてきました。奨学金制度も種蒔きの一つで、高卒で入社した人にまずは3年間の理念教育を実施します。その後、独自の奨学金を使って専門学校で歯科衛生士や保育士の資格、専門性を身につけて、帰ってきてもらうという制度です。これなら持続可能な採用が叶います。ほかにも、小学生のお仕事体験、中学生の職場体験や、専門学校生のインターンを受け入れ、人材を奪い合うのではなく種を蒔こうと覚悟を決めて取り組んでいます。
同時に経営者としての学びも深めています。以前、人手不足から雇用したスタッフに勤務態度や人間力が伴なわない状況に直面し、それが指導できない経営者として自分が情けなく感じたこともありました……。でもある人に「会社の状況にはトップの顔が映し出されているだけ」と言われたことが経営について学び始めるきっかけになったんです。
誰よりも早く出勤して、誰よりも大きな声で挨拶して、トイレ掃除を続けました。すると院内の雰囲気が変わったと感じました。トップが自己改革をして、清流のような環境を作ることで伸びていくスタッフがいます。人間力のあるスタッフが心地よく泳げる水質を保つよう、常に気を引き締めています。
歯科業界に広めていきたい2つのこと
――実現したいミライは?
歯医者は、勉強熱心で高い技術を持つ先生か、経営が上手な先生かのどちらかに別れると思っています。技術系の歯科医は経営やスタッフの教育がうまくいきにくく、経営に強い歯科医は技術や知識が伴わない傾向があるようにも感じています。
しかし、よりよい人格の上に、よりよい技術が成り立ち、安定した経営体制の上で、より技術を磨くことができるんです。「人間力や経営力」と「技術」は両輪だという思いから、「両輪の会」を立ち上げました。どちらかに偏るのではなく、両輪を大切にすることを、歯科業界に広めていきたいですね。
そしてもっと、スタッフの「希望と可能性をプロデュース」したいと思っています。2024年には「日本でいちばん大切にしたい会社大賞厚生労働大臣賞」を受賞しました。わく歯科では障がい者雇用も行っており、現在2名が在籍し戦力として活躍してくれています。共に働くことで、いろいろなことに気づかされました。目の前の人を変えるのではなく、その人のために自分が何ができるのかを探すようになれたのは、彼女たちのお陰です。今後も「人を大切にする」取り組みを医療業界に広めていきたいです。