新入社員も経営に参加している
――事業の目的は?
働きやすい職場をつくり、社員もその家族も幸福にすることです。当社が「社員第一主義」を経営理念に掲げているのは、社員が高いモチベーションで働いてくれることが真の顧客満足を生み、業績アップにつながるからです。お客様第一主義を体現してくれる社員が働きやすい環境を整えることが会社の使命だと考えています。
そのために、ベテランであれ新人であれ、役に立っている実感、必要とされている実感を持てるような関わりを心がけています。会社はさまざまな形の歯車が組み合わさってはじめて前進するものです。どんな小さい歯車であっても、動かなければ全体が止まってしまいます。新入社員にも「若さを出すのがあなたたちの仕事。元気なあいさつをして皆にエネルギーを与えることで経営に参加しているんだ」と伝えています。
再編の動きが激しい鉄鋼業界。「天彦産業とお付き合いしていてよかった」とお取引先から思っていただくためにも、情報感度の高い若い社員の力は重要です。彼らに期待しているのは新しい視点や柔軟な思考を会社に持ち込んでもらうこと。業界を知らない、業界に染まっていない彼らだからこそ生まれる発想はありますし、彼らにとっても会社に貢献できている実感を味わえる機会になると考えています。

私の前に社長を務めていた父と兄は、2度の倒産危機に瀕しても、従業員をリストラしなかったし、給料も減らさなかった。そんな経営者としてのあり方を見て「会社経営は社長一人ではできない」と心底実感しました。2005年、社長に就任するにあたり「私ひとりに経営させたらこの会社は絶対につぶれる」と社員の前で宣言しましたが、社員を大事にしてこそ、会社を成長させられる。そう考えているので、人事評価も減点方式ではなく、加点方式を採用しています。管理職には必ず「我が子ならどうするかという視点で部下を見なさい」と伝えています。
まず取り組むべきは風土づくり
――目的を果たすための方法は?
働きがい向上のため、部署の垣根を越えて推薦、投票する「月間ベスト社員」や、お世話になった関係者個人に感謝状を贈るといった表彰制度を実施しています。有給休暇を積極的に取るよう奨励したりもしています。
私は今、「人を大切にする経営学会」の常任理事として企業の審査に携わっているのですが、収益力の高い優良企業でも、どうすれば社員の働きがいを向上させられるのか、悩んでいる企業は少なくありません。働き方改革の一環として、育休や産休といった制度利用が推進されていますが、私がよく言うのは「制度を優先すると失敗する。まず風土づくりを先にすべき」だということ。制度が「権利を主張するための武器」になり、経営側と従業員側の意向が噛み合わず、会社の空気が悪くなってしまっている例をよく見かけるのです。
私たちの場合、制度を使いやすい風土を作るため「子どもの学校行事の日は必ず休む」というルールを設けました。すると「お互いさま」精神が自然と芽生え、有休消化率がアップ。「自分にしかできない仕事」は片付けたうえで休暇に入り、他でカバーできるところはカバーし合っています。実際、当社に応募してくる女子学生のほぼ全員が「結婚、出産しても働き続けたい」という思いを持っています。
福利厚生の面では、お盆休み以外に2日休むリフレッシュ休暇や、年度初めに最大で12日間の休みを申請するメモリアル休暇などもみな積極的に取得しており、有休消化率は70%を超えています。来期からは、社員全員が健康を維持できるように、会社が人間ドックの費用を全額負担することが決まっています。
「役に立つ企業」が生き残れる
――実現したいミライは?
鉄鋼メーカーの再編が進むなど、業界が縮小している今は、他社と明確に差別化しなければ生き残れない時代です。顧客に必要とされる企業であり続けるために、かゆいところに手が届く流通サービスを提供したいと考えています。
顧客に提供する価値には、価格や品質といった「基本価値」、期待に応える「期待価値」、要望を先読みする「願望価値」、まさかここまでと感じさせる「予想外価値」の4段階があります。私たちが高めていきたいのは、もっともハードルが高い「予想外価値」です。他社とタイアップしたり、お客様が使いやすいように加工したりして対応力を磨いていかなければ、継続受注にはつながらないのです。

具体例を挙げましょう。地方から運輸業者が来られた際、事務職の女性はそのドライバーに目的地と所要時間を聞き、通行エリアの天気図を調べたうえで、「雨が降りそうだからシートを掛けておいた方がいいのではないか」という提案をしました。その後、ドライバーを通じて、搬入先の会社の社長にそのエピソードが伝わり、私たちへの注文量が一気に増えたのです。
とにかく「役に立つ企業」であり続けることが、激しい競争にさらされる時代においても生き残る唯一の方法だと思っています。
親しげに声をかけられ話しているうちにいつの間にか引き込まれて虜になってしまう、人間力溢れる方です。親分肌で飾らずに本音で話せるところ、信念を生き方として体現されているところ……。人として経営者として、私たちに背中を見せてくれる方でもあります。「大好き!樋口社長」というのが、私の率直な思いです(笑)。
「人を大切にする経営学会」の常任理事で関西支部長も務めておられる樋口社長は、2005年の社長就任以降、常に社員のためを想いながら「真に人を大切にする経営」を貫いておられます。社員のみなさんからも慕われる存在で、人格、識見が優れているのはもとより、多芸に秀でた魅力的な人物であり、尊敬申し上げる大先輩経営者です。